梅雨礼賛
午前2時、東京。
梅雨らしい、穏やかなまま、
このままいつまでも降り続きそうな雨が
窓の外で音を立てています。
雨そのものは、落ちてくる最中は音はしない。
どこかに当たって初めて音になる。
傘。路面。庇。屋根。木の葉。肌?
集められた水は二次的な音を立てる。
雨樋を流れた水が、地表そばの排水口で砕ける音。
屋根の上で極細の川を作った後、滴となって
軒下に落ちる水の、ぽつりぽつりという定期的な音。
木の葉に乗った水が風に煽られ、下の葉に
飛び乗るときの音は、風と葉のささやきとともに。
水たまりは、落ちてくる雨を、路面とはまた違う
かすかな摩擦音で受け止める。
そんなこんな音が重なりあって形成される雨の音、
聞くのに最適な場所はどこ。どんな建物。どんな環境。
いま僕は、木造の家の二階で、
雨に冷やされた冷たい空気に網戸越しに当たりながら
路面と建物に当たる雨の音に耳をそばだてている。
今日はちょっと外に出る気力がもうわかないが、
本当は、徒歩2分の小さな神社に行けば、
雨に彩られた樹木と、雨に覆われた土の地面とともに、
雨尽くしを愉しめる。
鉄筋コンクリートのぴかぴかビルの大きな硝子窓から眺める雨も
キレイではあるが、しっとり・しんみり・しんなり度はもうひとつだ。
日本人の原風景には雨が降っている、と小松左京が書くとおり、
雨を愉しむならやはり昔ながらの木造の日本建築が最高、
と書こうとしたが、
よく考えたら、東南アジア風の木の家でも似合いそうだ。
いや、新宿御苑の台湾建築(石と木だ)で眺める雨も最高だった。
違う、自分が一番好きな映画の雨のシーンは、
ストーカー(タルコフスキー)の中の、ロシアの朽ち果てた
石造りの建物だった。
おや、話がまとまりません。
でも、夜も更けて参りましたので、続きはまた次の雨の日に。